2010年12月19日(33370歩/5時間44分)
JR草津線貴生川駅、北口に停車中の「あいくるバス」(左・左写真=8:43)。
40分ほどのバスツアー気分、ほとんど貸し切りで状態で田村神社に着く。
参道中程にもう一つの鳥居が見えてくる。ここを右へ曲がる(右・左写真=9:37)。
しばらく進むと、「蟹坂古戦場跡」の碑が建っている。ここで道なりに行ってしまうと国道一号線に出てしまうので、
古戦場の碑の先に見えるトンネルをくぐる(左・左写真=9:48)。
国道が少し下り始める頃、右手の小高いところに鳥居が見える。「金比毘神社」である。
ちょうど今辺りから大きく左へ下る旧道へ入る(右・左写真=10:03)。
坂を上っていくと、猪鼻集落に入るとき見えていた信号に少し戻るようにして出る(左・左写真=10:10)。
櫟野観音道道標でふり返った写真である(右・左写真)。旧東海道(続いていない=青い看板右下)と大原道(高架をくぐり左へ)が見える。
一号線沿いを緩やかに上っていくと[山中]という信号のある交差点に来る(左・左写真=10:47)。
この先鈴鹿峠は右へ入るので信号を渡って、右側歩道に移る。
坂を上っていくと下り線のトンネルがもうそこという所で、歩道が途切れる(右・左写真=11:00)。
そこに右へ入る橋が架かっているのでそれを渡る。
トンネルの真上が公園のようになっていて大きな「常夜灯」が立っている(左・左写真=11:05)。
トイレも完備されていて一息付ける。
すぐに急坂となり、山林の中を蛇行しながら下りていく。途中国道と同じ高さの所に休憩公園がある(右・左写真=11:22)。
「鈴鹿峠路傍休憩地」である。ここには急な階段が付けられており高架の足元まで下りる。
しばらくすると「片山神社」の鳥居前に下ってくる(左・左写真=11:28)。
ちょうど鳥居正面を下っていく道と、鳥居の向かって左側へ上っていく道があるが、真ん中の下る道へ進む。
国道一号線が大きく右に折れていく辺りをそのまま東海道は直進している(右・左写真=11:43)。
この道は、旧国道一号線でもある。
川沿いをなだらかに下っていくとY字路があり、左側がこんもりと盛り上がるように上っている。
迷っていると、それを吹き飛ばすかのように五十三次を模した木柱が左側に並んでいる(左・左写真=12:08)。
沓掛の集落を抜けしばらくすると国道一号線にぶつかる。ここからは国道に沿って歩道を行く(右・左写真=12:32)。
この辺りの茶屋から望む「筆捨山(ふですてやま)」は名勝として歌川広重も描いている。
すぐに国道へ戻ってまた歩道を行く(左・左写真=12:40)。
少し集落内を行くと、国道一号線と交差し向こう側につづく集落へと進んでいく(右・左写真)。
入り口に鈴鹿峠のを小さくしたような常夜灯が立っている。
国道一号線に合流して、再び側道を進む(左・左写真=13:05)。国道一号線の丁字路信号[市瀬]を過ぎると緩やかな下りになる。
いったん左折2,30m先の三叉路を右へ戻るように折れて、住宅擁壁(右・左写真=13:10)の向こうに見える旧道へ入る。
我々は迂回せず「関ロッジ」看板から住宅予定地を突っ切った。
しばらく旧街道らしい閑静な町並みを進んでいくと、急に観光客が多くなる三叉路へ来る。
「地蔵院」という大きなお堂がある。ここを過ぎ150m程で関郵便局前の高札所がある(左・左写真=13:30)。
また閑静な街道景色となり、この宿場は相当長いなと思い出した頃、右から急坂を上って来る道がある(右・左写真=13:44)。
地図には「伊勢別街道」とあり、大きな鳥居と常夜灯が立っている。ここは「関の一里塚」でもある。
すぐに鈴鹿川に注ぐ支流(小野川)を渡る。渡りきったところを川に沿って右折なのだが、
横断歩道が無く交差点向こうの歩道橋を渡って戻ってくる(左・左写真=13:54)。
もっとも古く、低い名阪国道の高架下。こういう街道絵も一つの楽しみだ(右・左写真=14:07)。
高架の上から合流地点を望む(左・左写真)。この丁字路から先の歩道は、旧東海道カラー(赤茶)に塗られている。
大きく右にカーブした後、丁字路に当たる(右・左写真=14:28)。
この辺りは野尻と言うらしい。中山道の「野尻宿」を思い出した。ここも歩道に導かれ左折する。
もう間もなくだと安心したらお腹が空いてきた。
「伊勢うどん」と書かれた看板につられ普通の民家のようなお店へ入る(14:48〜15:13/32210歩)。
まっすぐは一段落ち込んだ幹線道路で行き止まり。左へ折れて下る(右・左写真=15:32)。
元々こうなっていたのかは、分からない。
予定では、16:45発であったが確か本数が少ない。ひょっとしたらと急ぎ駅へ着くと15:42分(左・左写真=15.41)。
駆け込み成功であった。